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●03/9/14(日)お宝発見ツアー(11)

水とのかかわりを訪ねて(2)上宗岡を歩く

時間=午後1:30〜5:00
参加者=天田(案内)、金子、飯塚、毛利、山口、伊藤、若尾

【コース】
市民総合センター→大小合併門樋→下ノ谷堤→新河岸川旧河川(新河岸川右岸)→千光寺裏の旧河川跡(同左岸)→佃堤→大仙寺→市民総合センターで打ち合わせ

 今回は上宗岡の旧堤防、旧河川、圦樋等を訪ねました。新河岸川右岸側の富士見市との境界の2本の旧河川(管理は富士見市)には、水谷田んぼや柳瀬川左岸側の湧水等が流れていて、空間も広く自然の場として活用できそうです。一方、新河岸川左岸側の森や湿地があった旧河川の跡は数年前に埋め立てられてしまいました。これに続く佃堤は昔のまま残っているものの、隣接の水田が盛土され堤防の面 影は半減しています。明治時代に造られた大小合併門樋は、周りがすっかり盛土され、フェンスと鉄骨に囲まれ残念な姿になっていますが、ここは254バイパスの予定地でもあり、今後どうなるのか心配です。
  次回は、あまり知られていない野火止用水の分水路跡を歩く予定です。ふるってご参加ください。(天田)

▼写真をクリックすると拡大します(写 真:毛利)

「大小合併門樋」明治31年築
提内の排水を管理するためにつくら
れた 圦樋(いりひ)のひとつ

反対側(提内)から
(総合センターの吉野館長が
圦樋について詳しい という
ことがわかった)

富士見市と志木市の境にある
新河岸川の旧河川

遊水機能のある公園として
整備された旧新河岸川

整備に際し保全された
右前方に見える木立。
それにしても水路の立派な護岸は
本当に必要なのか?

新河岸川(袋橋上流)

かつて新河岸川沿いにあった
旧河道跡の水田と湿地を囲んだ
樹林の豊かな自然がなくなった…

荒川堤と新河岸川堤の間を結ぶ
囲み堤として江戸初期に築かれた
「佃堤」の一部が残っている

佃堤と同じ高さに建つ
「水塚(みづか)」

 
 
 

大仙寺わきの農道に残る
ハンノキの並木

 
   

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